「必要とされたい?」は、愛着から?
2026/09/12
恋愛になると、不安になりすぎたり、
相手のちょっとした態度に心が揺れたり。
反対に、好きなのに距離を取りたくなったり。
そんな大人になってからの人との関わり方にも、
子どもの頃から育まれてきた「愛着」が関係していることがあります。
私は子どもの頃、
親に何かをお願いすることを諦めていました。
「何をお願いしても無駄」
そう思っていたからです。
必要なものがあっても、困っていても、
いつしか求めること自体を諦めていました。
悲しいとか、
どうして気づいてくれないの、とか。
そんなことさえ考えず、
ただ諦めていたように思います。
でも大人になって、大切な人との関係の中で、
不思議なことに気づきました。
相手に何かをしてもらうことには、
それほど期待していない。
なのに、
「言わなくても気づいてほしい」
という気持ちはある。
そして私がしていたのは、
相手に求めることよりも、
役に立つこと。
支えること。
必要とされること。
なくてはならない存在になろうとすることでした。
なぜなんだろうと考えていくと、
「捨てられたくない」だけではなかった。
誰かに必要とされることで、
「自分には価値がある」
と思いたかったのだと思います。
子どもの頃から
「お願いしても無駄」と思っていた私にとって、
求めるより、求められる人になる方が、
ずっと安心できたのかもしれません。
愛着というと、
「不安型」「回避型」「見捨てられ不安」など、
いろいろな言葉で説明されます。
もちろん、それを知ることも大切です。
でも私は、
その人の行動に名前をつけることより、
「なぜ、その人の心には
その生き方が必要だったんだろう」
と考えることを大切にしたいと思っています。
今でも私は、
「何もしなくても、ただ自分でいるだけで価値がある」
と完全に思えているわけではありません。
ただ、以前とは少し変わりました。
誰かの役に立ち続けなくても、
一緒に過ごした時間や、
お互いの人生に残したものまで消えるわけではない。
そんなふうに思えることが、
今の私を少し支えてくれています。
そしていつか、
誰かに何を与えたかさえ関係なく、
「私は私でいい」
と思えるところまでいけたら。
私も、まだその途中です。
心癒堂ではヒプノセラピー(催眠療法)を通して、
今の感情や人間関係の奥にある、
自分でも気づいていなかった「心の理由」を見つめていきます。
恋愛や人間関係で同じ苦しさを繰り返しているなら、
「私はどうしてこうなんだろう」と自分を責める前に、
「私は、どうしてこうする必要があったんだろう」
と、自分の心に聞いてみてほしいと思います。